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Life is like children playing house.

人生はおままごとのようなもの。

判断と観念とイメージの世界と…

雑記

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おはようございます。
タクさんです。

今日は、判断ということをテーマに雑談を書いていこうかなー、と思います。

僕らの思考は起こったことの後付けなんですのよー。
なんてことをよくこのブログでは書いてるわけなんですが、

これは、自動運転の車についてる飾りのハンドルを回して、よしうまく曲がれた!と思ってたり、
あー、あの道に行っておけばよかった!と後悔したり、
よし、オレの選んだ道は正しかったぞ!
とドヤ顔して見たりしてるのと、似てます。

自動運転なので、ハンドルを握ろうが離してようが一緒なのに、、、って感じですね。

この道をどっちに行くかの判断も勝手に起こってるんですよね。

先に自動的に判断が起こって、そのあとに、
この判断!わしがやったんや!わしが判断したんやでー!
って思い込んでるんです。

後輩が有名人になった後に、あいつはワシが育てた!

ゆーてるのと似てますね。

どうしても自由意志がある、人生は自分が舵を取っている。
って思いがあるのが現代なので、なかなか簡単には受け入れられなかったりすることでもあったりするんですけどねー。

でも、
例えば、
コロンブスの時代には、地球は平面やと思われていました。
コロンブスさんは、いやいやいや、地球は球体やろ。
って思ってましたが、その時代の教養のある人は平面やと主張しておりました。

当時、陸続きでインドに行くには、オスマントルコ帝国(だったかな?違うかも)があったので、なかなかインドに行くことができなかったんですが、
コロンブスさんは、
いやいやいや、地球は丸いねんから、くるっと回ってきたらええやんか!
って言ってたんですよね。

で、結局新大陸発見につながったわけですが、
どうしても、地球は平面であり、球体だとは思えなかった
コロンブスさんの船の船員さんたちは、
このおっさんについて言ったら、平面の先にある滝に飲み込まれて落ちてまう!
って思ってたので、コロンブスさんの目を盗んでは船の方向を変えたりして抵抗しておったらしいんです。
なので、航行日数が狂って、新大陸をインドやと勘違いしたらしい。
ってなお話があります。

何れにしても、その時代に、マジで地球って丸かったんや!
ってなったインパクトは、当時の人の中に作られた観念の世界の破壊だったんだと思います。

古代の中国では、天道と呼ばれる天の道がある。
みたいなことが信じられておりました。

天の道に背くと、バチが当たるみたいな考え方です。

秦という国に、蒙恬(もうてん)という将軍がいたんですが、
この将軍は、仕えていた始皇帝の偽の手紙で、
死刑を言い渡されます。

当時の蒙恬将軍は、始皇帝から厚い信頼を置かれており、
国の大半の軍の統率を任されており、
さらには、跡取りとなる始皇帝の息子の世話役にもなっていました。

なのにいきなり手紙で死刑にするなんておかしいやないか!
これは何かの間違いや!
将軍がその気になったら国を奪えるほどの軍隊がここにはある。
てなことで、
将軍の部下は、蒙恬将軍に、確かめて見たらどうですか!
おかしいですよこの手紙!

ってね、進言したらしいんですけど、

この時、将軍は、
万里の長城を築くときに、随分地脈を荒らしてしまった。
これが、天道に背くことになったんだと思うので、
ここは潔く死を受け入れるよー。

てなことで、自刃しちゃった。

てな話があるんです。

天道ってな考え方が信じられていたんですね。

中世のヨーロッパでも、
神がこの世界をちゃんと監視していてますよー。
世界は神によって造られてるんですよー。

てなことが信じられておりました。

そして、現代は神とかも迷信みたいなもんで、
個人が選択し、個人が自分の意思によって生きている。

みたいな観念が浸透しておるわけです。
もちろん人によりますけどね。

この観念ももしかしたら将来くずれさり、

昔の人は自分の意思で選択をしているって思ってたらしいよー。
なので、選択に対して責任を感じて、後悔してたりしたんだってー。
おかしいねー。ただ、生きてるのを楽しむだけでいいのにー。

なんて言ってる人が多数派になる時代が来たりしてねー。

いずれにしても

「何がどういう仕組みでこうなっている。」

みたいな考え方は全て観念でしかないわけなんですよね。

自由意志はある。
ってのも、
自由意志はない。
ってのも、観念なら、

地球が球体だろうが、平面だろうが、
どちらだったとしても、それらは観念でしかないわけで、
観念がどう変わろうとも、「それ」そのものは何の影響も受けないんです。

どんな世界観だろうが観念だろうが、脳内に作られたある種のイメージでしかないわけですからねー。

そんな観念を取っ払った後に残るもの。
それがそれです。

まさに、
ネコからしたら、
「あんたたち人間って、なにかと観念(おままごと)が好きやねぇ、、、にゃー!」
ってなもんなんですよね。

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