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Life is like children playing house.

人生はおままごとのようなもの。

じ、自分はおらんねや!幻想なんや!だから大丈夫なんや!

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イヤな気持ちとか、重たい感覚とか、
心の迷いにはまっちゃったりした妙な苛立ちとかね。
そういうのにがっつりハマり混んだり。

そういう時には、
そのイヤな気持ちとか、探求の欲求とかをね。
ここに居させてあげるんですー。
ってな事をよく書いていますが、

それって、私はいないんだー!
これは幻想なんだー!
ってやってしまって、それを見るのを避けようとしたり、
誤魔化そうとしたり、
起こってくる思考なり感情なりをしまい込む。

そういうことをしないで、まともに見てみる。ってことなんですよねー。

そのまんまではいられない時っていうのは、
そのまんまの現実に対する何かしらの否定があるわけで、
この否定ってのは何かしらの信念。
自分なりの正しさ。
みたいなものがあって、それに沿わないから否定してたりするんです。

なので、何を否定しとるんやろう?って、
ただ見てあげればいいんですけど、

思考とか感情とかって
キャッチボールみたいに
ポーンッポーンってボールを投げあって、
そのラリーが続けば続くほど複雑なストーリーを発展させていったりしてるんですよね。

その辺を根気よく解いていきながら見てあげると、
なんか腹たつ事とかの元にある単なる感覚みたいなものが出てくるかもしれません。

残るのは名前のないただの感情というか、感覚なわけで、
そこには、良いとか悪いとかの判断もないものがあるだけなんです。

それを、なーんの判断も加えずに、
ただ、見てあげるんですよね。

抱きしめてあげる感じでね。

その変な感覚がある原因がどうとかこうとか、
そういうことの調査をしなきゃならないってわけじゃなく、
単なる名もない感覚があるだけやったんやねー。
ってのを見てあげて、ここにいる事を許してあげるんです。

幻想だーとか、真理だけしかないんだー。
だからこのイヤな感覚も幻想に過ぎないはずなんだー!
って言って何かを封じ込めようとするのって、
結局のところ片方しかみてなくて、それってやっぱり分離があるんです。

起こってる事と起こってない事はセットで1つでして、
起こっていて、起こってないっていうのが矛盾なくあるんですよね。

これを起こってることだけとしたり、起こってないことだけとしたりすると分離しちゃうんです。

普通は、起こってることだけに意識がいっている場合の方が多いので、
そういう人に向けたメッセージが、起こってることってのは幻想のようなものですよー。
ってな風に言われてたりするんだと思います。

でね、
不思議なことに、
イヤな事は、来るなー去れーいなくなれーって
なってるうちは消えたと思ってもまた出てきたりして、
ずーっと心の奥に居座るんですが、
居てもええよー。って居させてあげると、居なくなるんですよね。

本当に居てもええねんよーってなるというのは、
もう許せてるって事なんです。

だから、幻想だー!ないんだー!って
なんか、非二元に対する妙なこだわりがあるのだとすれば、
それは何かしら起こってる事を否定してる観念が残ってるのかもしれません。

だったら、そういう観念があるんだねー。
ってそれも居させてあげたらいいんですよね。

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