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Life is like children playing house.

人生はおままごとのようなもの。

言霊(ことだま)は重要視するものでもなく、軽んじるものでもない。

言霊

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いくら考えてみたところで、得られる答えは概念でしかないわけなんですよね。
概念とは、仮定されたルールのようなものであって、実体はありません。

人は何かを考えてると、どうしても何かしらの言葉に収束させようとします。
答えを言葉で表現して、固定しようとするんですよね。

で、言葉ではっきりと表現されたところで、わかったことになります。

でも、言葉で表現されたことの全てがもう概念でしかなく、
実態のない物語のようなものなんですよね。
だから、いつまでたっても言葉では「真理」に辿り着かないんです。

言葉ってのは、もともとは犬の唸り声と一緒で、
意味のない唸り声に意味付けしたり、文字として発展させているだけのツールであって、
本来は唸り声と何ら変わりのないものなんです。

文字だって壁のシミと一緒です。
無理くり意味付けしてるだけであって、その意味づけは、仮定のルールなんです。

観念、概念をはっきりさせるツールが言葉なんですよね。

なので、「真理」とか「それ」を見るには、
一切の言葉を排除してみるといいんです。

だからって、言葉を軽んじろ!ってことじゃないですからね。
ここは要注意です。
ここでいってるのは、
軽んじるもんでも、重要視するもんでもないっていうことです。

日本には、言葉には霊的な力があって、言霊(ことだま)ってのがあるんだよー。
みたいな考えがあったりします。

それを重要視しすぎると、必要以上に言葉さんを大事にしようと思ったりしますけど、
そうなると言葉から作られる概念のストーリーに埋没することになってしまいます。

もちろん、言葉には心や感情をつくりだすパワーがあります。

言葉は感情や思考を刺激しますので、感情や思考である心も影響を受けるんですよね。

心ってのは、世界を見るメガネのようなものなので、
心が荒んでくると目の前に見える世界も荒んでいるように見えていきます。

これは、赤いサングラスをかけたら風景が赤く見えるのと一緒です。

このメガネを綺麗にしてると、世界も澄んで見えてきます。
そういう意味では、言葉は大事ですよね。

ですが、いくらメガネを綺麗にしてもメガネを通した世界なので、それそのものじゃないんですけどね。

で、ここで言ってるのは、
そのメガネ外してみたらええねん。
メガネを外したら、世界はそれそのものとして現れるんやでー。
ってことなんですよね。

とは言っても、ないメガネは外せないので、
できることは、どんなメガネをかけてるのか?って見ることなんです。

すると、メガネが見えてきます。
で、もっと見ていくと、メガネが外れます。

外れると、メガネも最初からなかったんやーっていうね。
ほんま、これしかないんやーってね。
変な感じになるんですけどね。

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