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Life is like children playing house.

人生はおままごとのようなもの。

漠然とした生きにくさ

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子供の頃からか、なんとなく生きにくさを感じていた。っていう方って多いと思うんですよね。
僕も同様に、子供の頃から、どうにも生きにくいなぁっていう感覚を感じていました。

なんだろう?この生きにくさは、、、ってよく考えてました。

子供のころはとくに
~するべき、
~しなさい、
と、ことあるごとにぶつけられるので、
どうにかそれに逆らおう!逆らおう!としていたような気がします。

ほとんど、宿題はやりませんでしたし、
居残りをさせられても、逃げて帰ってましたし、
そうすると学校から家に電話がかかってくるので
家に帰るとすぐに電話線を抜いてから遊びに行ってました。

学校に行くのも、決められた時間ではなく、自分時間で行ってましたので
いっつも遅刻でした。
廊下によく立たされましたが、そのまま帰ったこともよくありました。

って、書いてるとなんか相当な変人のように見えてきたので、
子供の頃のことはその辺にしておいて、
とにかく、生きにくさっていうのは、自由でいられないことだー!
みたいに思って、尚更、自由でいようとしていたのかもしれませんね。

そんな子供ですので、よく怒られましたし、
なんでこんなしょうもないことで怒られなきゃならないんだ?
みたいな反発があったのかもしれません。
よく覚えてはいませんが。

さて、
何が自由を奪って行くのか?
といいますと、
それって、自分の中にある、ある種の条件付けが元になっておるんじゃなかろうか?
と思っています。

条件付けとはレッテルのことであり、
これは〇〇で、これは□□だ。
というようなものであって、
そこから、〜であるべき。っていう観念となっていくわけです。
この観念が、自由を奪っていくわけなんですね。

生きにくさってのは、そんな奪われた自由があらわになってくることによって起こってくるわけです。
人生が上手いこと行っていれば、あまり気にならなかったりするわけですが、
何もかもが上手くいくなんてことは無いわけです。
で、何かしらの危機になった時、
あれ?何が間違ってたんだ?
ってなってくるんです。

そして、何とか挽回策を求め出すんですよね。

それでも、どうにもならない、とりかえしがつかないとなると、
余計に生きにくくなったりするわけです。

特に危機という危機がなくても、
自分でも意識すらしていない観念が積み重なって、
自由を知らず知らずのうちに奪われて、
漠然とした生きにくさを感じていたりもします。

結局、一切皆苦(いっさいかいく)っていわれてるように、
人生は全部、苦である。
わけですが、ここで言われている人生とは、
観念によって作られた人生ということです。

挽回策を求めるうちに、悟りを求める。みたいなものにたどり着く人も多いと思います。
僕もそのクチです。

でも、挽回策となりうる悟りなんてものも無いんですよね。

つまりは、挽回なんてできないわけです。
人生とは苦な訳です。

そういうことを聞くと、
それは困るー!って抵抗する衝動が出てくるじゃ無いですか。
それが、生きにくさを生み出している感情とか感覚を浮き彫りにしてきます。

困るから、困らないように何かを求めるわけなんですが、
求めれば求めるほど、困るが浮き彫りになってくるんですね。

その困るの中にあるのが、観念です。
この観念が困るを作っておったんです。

この観念は何かしらの条件付けから生じておったわけです。

それが、許せない、間違ったものとして抑圧されておったわけですね。

だから、挽回策といったフタをして隠そうとしてみても、
場合によっては上手く隠せるようになるかもしれませんが、
また何かしらの出来事をきっかけに出てくるわけです。

そういうのを邪険にせずに観てあげれば良いんですよね。

ホントは嫌なように見える感覚も、なんとも愛しいやつなんです。

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