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Life is like children playing house.

人生はおままごとのようなもの。

抵抗は別に間違ってるわけじゃない

探究の終り 自我ちゃんのクセ

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嫌な感情や抵抗が、なにか間違ってる。
って思うクセが、そういった感覚を抑え込もうとするんです。

そして、抑え込もうとするから、そこで摩擦が起きて、苦が生じるんですよね。

なので、そういった感覚が出てきたなら、
ああ、自分ががまんしとったんやなぁーって、
いたわってあげると良いんですよね。

そして、そういった感覚は、自分じゃない!
と締め出すんじゃなくて、そのまんま自分だと認めてあげるんです。

「ワタシはいない」

っていうメッセージを、自分にとって都合の悪い何かを
無いものとしよう利用してしまうと、
それはそれで、上手いこと行きません。

本来の「ワタシはいない」というメッセージは、
私らしく生きることを意味しています。

今まで、
〜すべきじゃないんだろうか?
とか
〜はすべきではないのではないだろうか?
と考えて、
抑圧していたワタシらしさをそのまんま表現してあげる。
ということなんですね。

不思議なことに、
ワタシはいないんだ!
ということが明らかになると、
滞りなく、ワタシらしさを表現できるようになるんですね。

形のない何かしらの圧迫感に遠慮しなくても良くなる。
という感じでしょうか。

フワッと何やら、その時だけは良い気分になれる。
そういったものに巻き込まれ続ける。
みたいなスピリチュアルも、たまには良いんですけど、
そういうのに依存しすぎると、
どうしても重たい感情や嫌な感覚を余計に忌み嫌うようになっちゃったりするんですけどね。

で、そういった感覚は、闇の感覚だー。
みたいに思っちゃったりしてね。

ワタシ光の道を歩むの。。。

なんて宣言しちゃったりね。

そういうのにあまりにハマっちゃうと、
余計に嫌な感覚とかに対して、
何かが間違っているんだ!
みたいに思っちゃったりして、余計に抑圧しようとしちゃうんですね。

確かに、良い気分でいること。
それが、いわゆる引き寄せの法則の極意だったりするんですけど、
そこで、何かを抑圧してたりしちゃうと、

あれれ?

この前はうまくいってたのに、また最近うまくいかなくなってきた。
まだ、癒しが足りないんだ。

みたいに思ったりして、終わらない癒しの旅が始まっちゃったりするんです。

本来は、感情や感覚に、良いも悪いもなく、
光も闇もありません。

そういうのも、分離の概念上に生まれている
でっち上げられた世界観な訳なんです。

そのでっち上げを見破るには、
ホントにシンプルな、そのまんまを見てあげれば良いんですけど、
それには、嫌な感覚のホントの姿をそのまんま見てあげればいいんです。

そこには、良いも悪いもないんですよね。

感覚や感情が元になってて、
終わらない頭の中のおしゃべりが起こってる場合も多々あります。

そうすると、その思考の方に注目してしまって、
その感覚を見失いがちになってたりします。

そういう時は、思考のおしゃべりは一旦置いておいて、
原因探りもやめちゃって、
その奥にある感覚をそのまんまにしておいてあげると良いと思います。

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