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Life is like children playing house.

人生はおままごとのようなもの。

存在の意識

悟りとは

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みなさんいかがお過ごしでしょうか?

さて、今日は「存在の意識」と題しまして書いていこうかな。と思いますが、
この意識という言葉の定義ってむずかしいですねー。

なんか、都合によっていろんな使われ方がされています。

辞書で調べてみても、意味が色々あるようですねー。

デジタル大辞泉の解説
い‐しき【意識】

[名](スル)
1 心が知覚を有しているときの状態。「意識を取り戻す」
2 物事や状態に気づくこと。はっきり知ること。また、気にかけること。「勝ちを意識して硬くなる」「彼女の存在を意識する」
3 政治的、社会的関心や態度、また自覚。「意識が高い」「罪の意識」
4 心理学・哲学の用語。
㋐自分自身の精神状態の直観。
㋑自分の精神のうちに起こることの知覚。
㋒知覚・判断・感情・欲求など、すべての志向的な体験。
5 《〈梵〉mano-vijñānaの訳》仏語。六識・八識の一。目や耳などの感覚器官が、色や声など、それぞれ別々に認識するのに対し、対象を総括して判断し分別する心の働き。第六識。

私は在る。とか、
存在がある。とか、
「それ」とか、
こういった、ちょっとわかりずらい表現をあえて近い言葉で言ってみるとすると、
意識ってことなのかなぁ?
って思います。

ただの気づいている純粋な意識、存在の意識。みたいなね。

目覚めるというのは、この存在の意識に目覚めるみたいなものなんですが、
これが、普段は無いというわけじゃなく、ずっとあるんですよね。

よく、至福とか愛といった表現もされますが、
あまりこういった表現に振り回されない方が良いと思います。

ほんと、そのまんまの「それ」しかない。
としか言いようがないんですが、
それが、愛に感じられないから、そうじゃないんだ。といった誤解をしてしまう場合も多々あるからなんですね。

さて、「それ」である、ただ気づいている意識。
ここに気づいている誰かはいないんですが、
ややこしくしているのは、
この意識と思考や感情、身体の感覚、五感を通した感覚。
これらがごちゃ混ぜになってしまっていて、この気づいている意識もそれらの意識と同じもんだとしていること。

ここが混乱している理由かもしれません。
なので、ここを一旦整理してみるのも良いと思います。

五感の感覚はやってきては消えていきます。
思考もやってきては消えていきます。
記憶も起こっては消えていきます。
感情も起こっては消えていきます。
身体の感覚も起こっては消えていきます。

これらは、常に変化しているんです。

そして、それらに気づいている意識。
これも上記の感覚と同じように起こっては消えていくように感じてしまっているかもしれませんが、
よーく観察すると、この意識はずっと変わらずここに在るんですね。

この在る感じが「存在」です。
これは変化せず、ただでーんとここに在るんです。

この存在の意識の上で、あらゆることが起こっては消えていきます。
その起こっていることに意識が向いているときだけそれらが起こっているように感じます。

ですが、この意識はただ起こっていることに向いているだけで、何にも変わってないんです。

思考でとらえることはできません。

ですが、漠然とある自分という感覚。この感覚から思考や感情などの変化するものを取り除いた時、
ただの存在としてここに残っているんです。

ラマナマハルシという偉い先生は、
「私は誰か?」と問い続けなさい。
そして最後に残るモノ。それが真我だ。

みたいなことをおっしゃっておりました。(らしいです)

この残るモノが存在の意識なんです。

この存在の意識が気づいているから、あらゆる考えや感情、身体が起こっているように見えているんです。

そして、本当の自分とは、変化している考えや感情、身体の方ではなく、意識の方なんです。


命は、変化し続ける体の方にあるのではなく、この存在そのものが命なんです。

そしてこの意識こそが真我だというわけであり、真我以外の何かがあるわけではなく、全ての変化もそこから離れる事なく起こってるんです。
だから、全てしかないんですよね。

重たい感情や不安な感覚に気づいているとき。

その意識も重たく不安な感覚に感じる錯覚があります。

だから、その意識じゃない、別のところに至福を探そうと探究してしまいます。

でも、別のところなんて無いわけですから見つかりっこ無いんです。

その重たく不安な感覚をよーく観察してみると、その奥には、
ただ単に、それに気づいている意識があるんです。
気付いているからこそ起こっているように見えていて、それでいてなんの変化もせずただあるんです。

起こってなくて静寂でありながら、全ては起こっているんですね。

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