あなたは、すでに悟っている。
これって、事実なんですよねん。
で、みんな悟っているとしたら、これってもう当たり前じゃないですか〜?
なので、悟りなんていう大げさな表現も似つかわしくなく、
言葉にするようなものでもなく、
素なんです。
なので、悟りなんていうものもないんですよね。
とはいっても、
すでに悟っている。
というのがね、信じられない。
と思ったりするじゃないですか?
だって、まだそんな至福って感じじゃないし、
不安とかあるし、思考がまだ残ってるし、
カルマが残ってるし、
悩みがあるし、怒りもあるし、
とね、
いろんな理由が頭の中を駆け巡るんですけどね、
そんなん嘘ですやん!
ってことなんですよ。
何が嘘って言いますとね、
その頭の中のおしゃべりです。
それって、ぜーんぶ思考ですやん。
頭の中の創作ですやん。
ってことなんです。
いやいや、実際に至福が感じられないんですもん。
って思うかもしれません。
でもそれだって、物語ですやん!
「至福が感じられない!」
って頭の中でゆーてるだけですやん。
言いたいだけですやん!
でも、やっぱり感情が重〜くのしかかってるんですよ!
って思うかもしれません。
でも、感情に重さとか軽さとか本当はないんですよね。
それもそうしているだけで、
重いのがダメ、軽いのはヨシ。としているんですよね。
でも、嫌な思い出をずっと思い出してしまうんです。
とかもあると思うんですよね。
それだって、思い出したらいいですやん。
ってことなんです。
辛いのってダメじゃないんですよね。
僕も嫌な思いや辛い思い、そんな記憶もたくさんあります。
みんなあると思います。
そして、それだってやっぱり頭の中の物語なんです。
そして、その物語が頭の中で駆け巡っているその状態。
そのままのあなたですでに悟っているわけなんです。
邪魔をしているのは、
そんな物語を頭の中から閉めださなきゃならん!という衝動だったり、
軽い感情じゃなきゃダメだ!という思い込みだったりするかもしれません。
でも、何かを変える必要はないんです。
そして、変えたっていいんです。
どっちだっていいんです。
「あなたはすでに悟っている。」
この言葉が本当に受け入れられるまで探求が続くんだと思います。
悟りの中でね。
そして、悟りなんてのもないんやん!てか、なんもなかったんやん!
って気づくんです。
思考の嘘さ加減に気づくんです。
どないやねーん!自分というこの感覚が丸ごと思考の物語やないかー。
冗談きついっすー。
騙されたー!
誰に?
自分に。
って言う嘘さ加減です。