Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

静寂があなたを覆う時

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文字はただのシミ。
言葉は意味のない音。

このことに気づいて、言葉の締め出しがうまくいってくると、面白いことに気づきます。

今日はその気づいていく様がどんな感じなのかという一例を書いてみたいと思います。

他の人は真剣に何かを言い合っていたりしますが、意味のないことを真剣な顔をして言い合っています。
街にはいろんな文字が所狭しとと書いてありますが、これは模様のようなものなんです。

そうなってくると、もう、面白くなってきます。
なんか演技のように見えてくるんです。
オママゴトの演技そのものです。

うはっ!
みんなめっちゃ真剣に演技してるやん!
おおおお!マジやん!

そんなこんなで笑いが止まらんでこれ。。。

みたいな感じです。

まあ、街中で笑うわけにもいかないので、
ニヨニヨとしているわけですが、
そんなこんなをしているうちに、
また、こんなことに気づくかもしれません。

おろろ??みんな演技してるってのも、
自分の中の言葉に過ぎないわけか、、、。

ありゃ?音って本当に無意味なんだ!
あ、音だけじゃない。
全てがそーなんやん!
だって、当たり前やん!
無意味って、どことなく虚しいかんじかとおもっていたけど、
虚しいでもなく、
力が抜ける感じでもなく、
無意味だから怠けるみたいな感じでもなく、、、

ただ、単に無意味なんだ。

こんな感覚です。
すると静寂があなたを包み込みます。

おろろろろろ?????

こりゃー、めっちゃ静寂やん!
あ、そっかー。
静寂って音が静かなことじゃなかったんやー。
うるさくしていたのは、自分の心であって、
音がうるさいんじゃなかったんやー。

なんやねん。
わざわざ静かなところで瞑想する会に参加してみたり、サイレントとかいって何も話さず静かに過ごすとかしてたりしてたけど、音カンケーないやん

んんん???
てか、全部関係ないやん!!!

もちろん、見えているものを判断することも普通にできるし、感情も変わらず起こる。
ハラ立つこともあるし、イラっともする。

それらが、意味のない音と同じようにただ起こる。
それだけのこと。
当たり前のこと。

くはーーーっ
わしゃ、今まで何になろうとしておったんや!
ありもしない自分に対して、、、

全部の方が自分?、いや、全部しかないんやん

ぬはっ!目の前のコップは全部や!

はっはっはっは
はは、
くすくすくす。

ふぅ。なんでそんな当たり前の目の前のものを見逃してたんだろう。

全てはひっくり返り、そして何も変わらないんです。

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