Life is like children playing house.

非二元、ノンデュアリティ、悟りからの目覚め。

それとは、なんでもないもの

「それ」とはなんなの?って聞かれちゃうと、なんでもないもの。ともいえますし、全てともいえますし、言葉では表現できないものともいえますし、そのまんまとも言えちゃいますねー。 ま、こうやって言えるものの中に正解があるわけでもないんですけどね。 …

理由なくオモロく。

おもしろき こともなき世を おもしろくすみなしものは 心なりけり はい。おはようございます。タクさんです。ニョホホ。今日は僕のお誕生日です。二十年+23歳になりました。気分は23歳くらいな感じですが、あっという間ですね。 さて、冒頭の句は高杉晋…

あけましておめでとうございます!

あけましておめでとうございます!皆さま、どんな年越しをお過ごしでしょうか? 僕は、今年は都内でゆっくりと過ごさせて頂きました。いつもは実家の京都に帰ったりもするんですがねー。 お正月はブログもお休みしてゆっくりしておったんですが、ちょっと見…

来年もよろしくお願いします。

むっはー!おはようございます。タクさんです。 いやー。大晦日ですねー。あんまりこのブログでは時事ネタとかは扱わずに災害があろうが寒かろうが暑かろうが、淡々といつも通りの記事を書く。 なんてことでやっておるわけですが、ま、たまには良いよねー。…

自我ちゃんの倒し方と探求の終わり

世界は意識というただ一本の糸で編まれたタペストリーのようなものだ。そのタペストリーは様々な変化を表現すると同時に意識そのものでもある。意識であるがゆえにその表現の中に全てである意識を自分という観念として閉じ込めるフリをすることもできちゃう…

気づきと「それ」と分離のなさについて。

気づきの意識。みたいに言われとる存在があります。それは真我と表現されたりもしております。 今日はこの辺について書いてみよっかなーと思います。 思考とか感情、そして身体って分かれてるわけじゃなくて、なんていうか一個のもんなんですよね。感情が湧…

無条件な素晴らしさ

かーっっと広がる地平線。眼下に広がる大雲海。海の向こうから太陽が顔を出してくる日の出。空を真っ赤に染める夕焼け。これでもかというほど花が咲き乱れる草原。 これらって、もう素晴らしいじゃないですか。 でも、なんで素晴らしいのか?って聞かれちゃ…

「それ」への理解

それへの理解っちゅうのは、理解をするもんやなくてですねー。どっちかというと、ほっといたら向こうから理解がやってくるっていう感じなんです。 もっと正確に言うたら、やってくるんやなくて、やって来るとおもてたこの中心点がね。なくなってというか、元…

誤りを正すという方向性のクセ

世界は分離した自己から生まれたストーリーであって、その分離した自己という誤りの観念から生じている。 本来のあなたは宇宙そのものであり、分離という観念がその本来さを見失わせている。 ってねー。 そういう話を聞いちゃうと、やっぱり正したくなります…

全ては変幻自在に見えて同一性を持っている。

水は水。そりゃそうですよねー。 でも水って、川を流れていたかと思うと、海に到達し、期待となって雲になったかと思いきや、氷になったりもするわけで、これらの変化にいちいち意味や名前をつけてみると変幻自在でとても多種多様のようにも見えますね。 で…

自分を許してあげても良いかな?

こういった「目覚め」の話も、取っておかなくて良いんですね。ま、そもそも取っておくことなんてできないんですけど。 どっかで、取っておかなきゃならないという観念がございますと、こういうふうに書かれてる事を自分が否応もなく納得できる日が来るはず。…

無防備サイコー!

無防備さってどうしても危なっかしく感じちゃいますよね。無防備さとは無垢さでもあります。無垢なのもまた危なっかしいですよね。大丈夫かいな?騙されたりせーへんかいな!なーんて思ったりしてね。 でも、僕らは完全に無防備な状態で生まれてきて、そして…

オモロイこともワクワクも探すもんやないんです。

自分探しにしろ、オモロイこと探しにしろ、ワクワクする方法にしてもねー。 んなもん、どこかにあるワケあらへんのですよねん。 デフォルトが、すでにそれそのもの!そしてそれそのものはワクワクと表現しとるワケです。それを否定するから見つからんのです…

いないのは自分だけ

いないのって自分だけなんです。でもこの自分って皆さんが思ってるような自分やありません。 有名な非二元の先生や悟りを開いた聖者が特別なんじゃないんです。特別さ、それもまたイメージでしかありません。ただ、自分というのが単なる観念やと気づいただけ…